2016年07月15日

まとまった時間がとれなくても、意味がなさそうでも、ゼロ100の向こう側

前回の記事の、ゼロか100か思考の続きです。
http://www.shotablog.com/article/440048850.html

僕たちは、生きてくるうちに、いろんなことを経験してきました。
その経験のおかげで、だいたい、アタリ をつけることができるようになりました。

つまり、この仕事を終わらせるには1時間必要だな、
トイレ掃除には30分必要だな、

なんてものから、


ヨガはやってみたけれど、続かなかったし、入会金無駄にしたな
この前いったレストランは、なんだか味が大味だったなぁ

などのように、やってみて、その結果、どうだった、というデータが蓄積されていき、
そのデータをもとに次の判断をするようになります。


これが、じつはクセモノなんです、とくに ゼロか100思考をする人は!
いわゆる、完璧主義、もしくは、自分の思った通りの結果が出せないと不満主義、といいかえましょうか。


人は、年をとって、経験を重ねたうえで、この思考クセをもっていると、やってみるまえから、アタリをつけて、結局やらない理由にしてしまう傾向にあります。


100点がとれないなら、テストは受けない。
60点の可能性があるなら、最初から勉強しない。
5分しかないなら、トイレ掃除してもムダ
美味しくない可能性があるから、このカフェ気になるけどやめよう
瞑想教室が気になるけど、ヨガが続かなかったから、また無駄になる


などのように、完璧に、100点をとれないくらいなら、やらない、という、やらない正当化が成立してしまいます。


最初から100点とれるテストなんてそうそうないですし、
5分だけなら便座をふくだけでも立派なトイレ掃除ですし、
いつものレストランばかりじゃ人生に変化は訪れないし、
ヨガはだめだったかもしれないけど、瞑想は続くかもしれないし。


なにより、思い出してほしいのは、

前回のテストでは70点もとれていたし、
30分しっかり完璧に掃除しなくても、トイレはキレイになるし、
自分のスキなお店をみつけるには、ハズレもあるし、
ヨガの教室だって、最初の5回目くらいまでは楽しんでやれてたし、

ということを、忘れているんです。

完璧には、できなかったけど、そこそこ、できてたし、意味があった、ことって
たくさん
たくさん

あるんですよ。


それを、90点以下は無意味だった、と切り捨てて、経験というデーターボックスに入れて、
次の行動を選ぶ際に、やる前から、やめる理由として活用しはじめてしまう、

これが、ゼロ100思考の怖いところなんです。


100点をとれない自分を許せない、とか、完璧にやらないと許せないとか、
そこよりも、

そうやって完璧にやれないくらいなら、自分の理想の結果がでないくらいなら、
やるのをやめよう、

というのが、怖いんです。


それによって、チャンスを逃してしまう可能性があるから。


こんなことやってなんになる、
意味ない、
ムダはさけたい、
楽しめるかわからないなぁ、
何かの意味があるかな
10分しかないしな


そんなときこそ、自分のゼロ100思考クセ、が発動していないか、考えてみてください。

僕は頭デッカチなので、大いにこの傾向があります。自分の癖として、意識しておかないと、結局何にもしないまま、なんの変化もないまま、何もできないまま、なんてことになりかねません。


30分時間がとれないとウォーキングに行く意味がない、と、ウォーキングに行くのをやめるのではなく、
10分でもいいから、(30点でいいから)ウォーキングしにいくか〜


という、ゆるいかんじ。 このほうが、結果的に、充実した人生がひらけてくるんですよね。

少しでも充実させようと、完璧をめざそうとしているほうが、かえってチャンスを逃したり、
機会をのがしたり、何もしなかったり、やる気がでなかったり、という矛盾。


結構、あるある、ですよ、これ。




















posted by 橋本翔太 at 00:16 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月14日

ゼロか100か 白か黒か思考 をやめてみる。認知行動療法より

認知行動療法において、認知のゆがみ、としてとりあげられるのが、

ゼロか百か思考、です。
つまり、
オール オア ナッシング、 100%できないといけない、それじゃなきゃやだ、という考え方なんです。
70点では、だめ、テストは100点をとってこそ意味がある、少なくとも92点まではとらないと。

そんな考えクセです。僕はこれがすごくあるんですよね。なので耳が痛いのですが。。。

テストの点数を自分で厳しく設定するまでなら問題ないのですが、これが、


100点をとれないなら、勉強してもムダだから、やらない。


と、なってくるのが、この思考クセの問題なんです。

つまり、100点じゃなく、60点とか50点になるくらいなら、最初からやってもむだだ、という
気持ち、逃げ、やらない理由にしてしまうんです。

人生を変えていくには、小さくて、地味なステップから試していくしかありません。
しかし、このゼロ100思考クセの強い人は、


どうせそんなことやっても、意味なんてない(結果がでないと意味が無い)
趣味にしたって意味が無い(収入や、自分の仕事に関係しないならやっても意味が無い)
そんなマンガ読んでなんになるの?(それよりこのウツの気分をよくする本を読まないと)
新しいカフェにいくのはおっくう(そこでイマイチだったら損した気分になる)
15分しかないなら掃除しても意味が無い(掃除するのに1時間は必要なんだから)

と、いうように、結果が、しっかりでない、望む結果にならない、
自分の中での100%に近づけないなら、やらない、という、行動をさける理由にしてしまうんです。


これが問題なんですね。
実際は、15分でも掃除できればキレイになるし、今の自分では想像もしなかったヒントがマンガに書いてあったり、趣味の世界によって心がとても元気になるかもしれないのに。


完璧主義は、完璧を求めるあまり、完璧になりそうにないことや、今の自分の価値観の中で
完璧とかんじられないものは、排除してしまう。


その結果、人生の可能性が縮小していって、新しい世界まで閉じてしまうことになります。


人生が開けていく人は、

どうせこんなことやったって
50点しかとれないくらいなら


なんていわずに、やってみる人、なんですよね。


このあたりは大切な内容なので、またとりあげます。





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posted by 橋本翔太 at 23:38 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月04日

わたし以外、みんな幸せそうに見えて苦しい

僕が心理メソッドや栄養療法など始める前、体調が悪かったとき、

道行く人すれ違う誰かはもちろん、レストランで楽しそうに笑う家族、グループ、みんなが、自分よりもずっとずっと幸せそうに見えて、苦しくて悲しくて仕方なかったことがあります。でもみんな何かしら本当は抱えてるんだよね。見せてない、見せる場所じゃないだけで、


そもそも、本当に辛い人、体や心が苦しい人は、街中ではみかけることができないんですから。


苦しいときは、視野が狭くなって、

誰も彼も、犬や猫まで、苦悩がなさそうでうらやましくなり、自分の苦しさに圧倒されそうになるものです。

しかし、何かしらやはり、みんな抱えてるし、本当に大変な人は、あなたの視界に入るところにはいない、治療にはげんでいます。

狭い視野で自分を追い込まないで。
posted by 橋本翔太 at 23:33 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする