2016年02月26日

2003年のデモ音源が教えてくれた、大切なこと

10年ぶりに、ずっと連絡したかった友人とフェイスブックで再会。あれからお互いすっかり成長して、近況報告。友人は昨年、結婚して旦那さんと幸せとのこと。すさんでいた時期の彼女を知っているので、本当に嬉しかった。
 
歌の活動はその前からしてますから、当時聞いてもらった曲も動画になったよ〜とリンクを送り、そこから彼女は僕の動画の歌をひととおり聴いてくれました。
 
そんな中「あの曲、好きだったんだけど、ないね、ほらあの、、、」というやりとりで、すっかり忘れていた音源を思い出させてくれました。パソコンの奥に眠っていたその音源。その友達が、一番好きな曲、と言ってくれるのだから、アップしようと思い立ちます。
 
とはいえ、ピアノも歌も録音しなおそうと思い、当時の音源(2003年7月)を聴いてみたのですが、、、。
   
   
荒削りで、歌詞もつっこみたいところが沢山あるのだけど、もうこの頃の青臭い歌い方は、今はできないので、あえて録りなおしをやめました。
 
当時はダメだダメだと思っていたことでも、そのときしかできなかったものがあって、でもそれは今は失ってしまっていて、同じようにはできない。だから、いつでも、そのときにできたもの、感じていたことに意味はあって。それが悲しみでも、つらいことでも、ね。
 
 
いつも、その先によりよいものが待っている、よりよくできる、いいものが作れる、いい未来がやってくる、と期待してしまうけど、本当は、そのときのものは、それはそれでこの先もずっと一番なんだと思います。
 
 
今ここでできることは、将来、それはそれで1番(ナンバーワン)になるっていくのでしょう。
  
もっといいものができるまで、あるいはもっと自信がついたら、やろう、と、思いがちですが、そのときにできたもの、そのときの自分って、もう、後から振り返っても、それはそれで一番なんですよね。
 
だからこそ、この今も、先を思い煩ったり、いつか来る未来に期待しすぎたりして、今の自分をないがしろにするのはバカげていて、今できることが、先々も、それはそれで1番になるんだと思いました。
 

そんなことを思った、2003年の音源 「今を」
posted by 橋本翔太 at 11:28 | ★ 【動画】で【メンタル】と【音楽】 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする