2016年12月29日

スリランカ2 期待するのをやめる。Do not have any expectation.

スリランカ2 期待するのをやめる。Do not have any expectation. それにマルチカルチャー



前記事でスリランカの、ここがきつい、と書きましたが、後半、もうなれてきました。


なんでなれてきたのかというと、


期待するのを、やめたからです。(前向きな、あきらめ、ともいえるかも)



日本にいると、これは 当たり前である、と無意識に、期待していることがたくさんあるわけですが、それをやめました。



ドライバーが誠実に対応してくれるのを期待するのをやめる。


最初の値段の通りに支払うことになるのを期待するのをやめる。


話が途中でころころ変わることなんてない、と期待するのをやめる。


約束は守られる、と期待するのをやめる。


オーダーしたあとに15分で食事がくるのを期待するのをやめる。


部屋を掃除しておいてね、と5回確認したのだから、掃除されていて当然、という期待をやめる


時間どおりに、到着する、なんて期待をやめる。


清掃後、部屋に新しいバスタオルがあることを期待するのをやめる。


などなど。



僕のまわりをみるかぎり、


イギリス

オーストラリア

アメリカ

シンガポール


などの、マルチカルチャー、つまり、多人種と他宗教が入り混じった国で、それを互いに尊重しましょう、という雰囲気のある国では、



文化の違いを受け入れやすく、相手に期待をしない、ということが、つまり、相手に自分の価値観を期待しない、ということが、上手似できているように思うんです。




日本は、日本人がすんでいる、しかも1億人も住んでいる、単一民族の国。どうしても、日本にいると、価値観が、凝り固まってきます。




当たり前、が、とても当たり前、で、期待して当然、とすりこまれていきます。



上記の国の人は、フラストレーションさえかかえているものの、仕方ないよね、という割切りがとても上手なんですよね。




(旅の途中であったイギリス人の姉妹やオーストラリア人の夫婦とかと話しててもそう思うし、シンガーポールの友人にメールで愚痴ったら、やさしくたしなめられました。笑)




友人いわく、

オーストラリアでは、1960年の時点で、学校のランチタイムに、


オーストラリア人は、ベジマイトサンドイッチ、

イタリア人はパニーニ

中国人はヌードル


というように、クラスの人種も各自が食べるものも、すでに違っていたそうです。



オーストラリアのニュースをみていると、必ず世界各国のニュースが流れますし、天気予報は、アジア圏は全て表示されるんですよ。



日本は、すべて、日本人の中で、日本だけで完結していますよね。僕はその中にどっぷりつかっているわけです。



******


Do not have any expectation.


期待しない。 expect をやめる。



相手が当然こうしてくれるだろう、という期待は、こちらの文化と価値観でしかなく、その期待通りにいかなかったからといって、相手を責めるのは本当はおかどちがいなんですよね。



もちろん、全てを受け入れる必要はありませんが、仮にドライバーにふっかけられても、

多くぼられても、


あーはいはい、


と、流せる。



レストランで注文しても1時間かかるんだから、お腹がすく前にいく、


約束の時間に来ないから、30分前を指定する。など、



期待しないことで、かつ期待しないがゆえの対策をねることで、ストレスがぐんと減りました。




スリランカにいなくても、日本でも、人間関係の軋轢は、お互いの期待値のずれ、 expectation の違いで起きていると思うんです。



いい意味で、相手に期待しない。

最初から期待しなければ、頭にくることも、残念に思うこともない。



期待しないというのは、相手のあり方を尊重する、ということにもなるんですね。



スリランカで、期待しない、ということを学んでいる橋本です。












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posted by 橋本翔太 at 19:17 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする