2016年12月31日

足るを知る…前に、やってみて気が済んだほうがいい

足るを知る…前に、やってみて気が済んだほうがいい


今年最後のブログです。
今年もありがとうございました。


今年は特に仏教関連を勉強し、原始仏教にこそ、真の教えがあるなぁ、(最終的には量子力学の世界につながっていく)としみじみしていました。


一方、仏教に絡む本で必ずといっていいほど書かれているのが、


足るを知る、という概念です。


これができたら、ほんと、楽になると思うんですよね。特にいま、閉塞感の強い日本では、この概念こそ、しっくりくるというか、そう思うことでしか、自分を納得させることができないというか、


だからこそ、多くの方に、今、仏教の概念の一部、がもてはやされていると思うのですが、


この、足るを知る、も、自分の思いをごまかすために使うのであれば、


前向きなようで、すごく後ろ向きにも感じる言葉になると思うんです。



実際、足るを知り、今に感謝し、それはとても大切だし、生きていく知恵であることには大賛成です。


でも一方で、やってみたら、実際に手にし、あるいは体験し、行動してみたら、すっかり気が済んで、


足るを知る、なんていって自分の感情や欲望をごまかさなくても、欲望がみたせることで、想いが叶うことで、満たされてしまうことって、結構たくさんあると思うんです。僕にもたくさんありました。


その気になれば、できる、手に入れることができる、経験できるのに、それをしないで、足るを知る、と言い聞かせても幸せにはなれないと思うんです。


「もっともっと」という欲、を、みっともない、どうせ無理、と流してしまう、押させつけてしまう、それで苦しくなるくらいなら、欲しいものは欲しい、と素直にみとめて、 それを手に入れるように動いていくしかないと思うんです。そうすると、意外とその「欲」が気が済んでなくなってしまう。すくなくとも、前ほどのこだわりが消えてしまう。そんなことが起こります。


じゃあ、どうすればいいんだよ、というのは、来年、少しずつメルマガでご紹介できればと思っています。
http://www.reiki-de-kirei.com/ml.html




足るを知る前に、手に入れられるものを、経験できるものは、やってしまえばいい。


変に我慢するから、嫉妬したり、幸せな誰かを許せなかったり、自分に自信がもてなかったり、するんだと思うんです。他人の目はおいておいて、欲しいものは欲しい、やりたいものは、やりたい、と宣言する。


やってみて、手に入れて気が済んでしまったこと、ある意味トラウマ的に悩んでいたこと(例えば僕にとってはお金です。前にも書いてますが、家が貧乏で、苦労したので)が、スコンと解決してしまったこと、僕にはたくさんあります。


ちょっと雑なたとえなんですが、ブランドものの服や、高いレストランで食事をすること、が、できなかった頃は、それをしている人がとてもうらやましかったし、苦しかったのですが、実際なんども経験してみると、こんなものか、と気が済んで、ファストファッションのほうが自分にはあっているとか、ご飯はこの定食屋のほうがいいとか、いろんなこだわりが剥がれ落ちてい行ったんですね。でもそれは自分が経験したからであって、経験しないままファストファッションを着ても、定食屋さんにいっても、心は全然みたされなかったと思います。


それを、今年は改めて再認識し、やっぱり手に入れてしまうのが、一番解決がはやいし、だめだったときも、気が済むので、やはり自分の欲は大切にしていいだ、と思いました。



とにかく、この体と心で、経験したいことで経験できることは、全て経験しておいたほうがいい、そう思うんです。


足るを知る、のは、そのずっと先でもいいじゃないですか。

来年は、自分に、自分の欲にもっと正直に。
そんなことを考えております。










posted by 橋本翔太 at 18:51 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする