2017年03月30日

日本人の自殺、自殺率が高い本当の理由

日本人の自殺、自殺率が高い本当の理由

海外ではじめて出会った人と、会話がスタートすると、かなり頻繁に聞かれることがあります。自分が心理カウンセラーや音楽療法をやっているからかもしれませんが、なんで自殺が多いのか、最初の会話でよく聞かれるんです。多くの外国人が日本人に対して抱いているイメージが、極端にいうと、

●ハイテク
●物価が高い
●自殺が多い

の3点なんです。物価が高いのは、もう過去の話で、しばらく日本に旅行に来てない人が言います。ハイテクというのは、ロボットなどの最新の産業をはじめ、モニターフォンや風呂やトイレにいたるまで、ボタンひとつで湯沸かしや、洗浄ができ、あらゆるところに、ボタンがついている、というイメージを持っている人が多いから、だと思います。そこら中にボタンがあるのよ! と日本旅行から帰ってきた友達がいってました。確かに公衆トイレにまでウォシュレットがついているのは日本だけだと思います。

そして3番目。なんで日本人は自殺がおおいのか? これを毎回聞かれます。そして、みんな、ストレスが高いから、ストレス社会だからでしょ? と、という意見を持っています。 日本のイメージ映像として、朝のラッシュの新宿駅の山手線を、係員がぐいぐい人を押し込んでいる。みんな暗い顔で、中にはマスクをして、うつむいている。そんな映像が、ちょっと悪意をかんじるのですが、海外でのイメージとして捉えられています。

もう15年くらい前から、聞かれていた質問で、そのたびに、僕も、ストレスが強いから、社会が成熟して心の問題が増えているから、過去に切腹など自殺を美化する文化があるから、自殺で責任をとる、という風潮があるから。などと回答してきました。きっとそのどれも、一つの要因になっているとは思います。


しかし、多くの友人と接するうちに、一番、影響を与えている因子、それは宗教の強制力だと、確信するようになりました。

日本人は無宗教がほとんどで、なにかのセレモニーのときだけ、主に仏教、もしくは神道を選びます。神社にいけば手を合わせますが、それが【信仰】とよべるかというと、実際はもっと自由で、お参りのときだけ、お願い事をしたり、感謝をのべたりするけれど、強い信仰心だとか、そこまで気にしませんし、あまり重要ではありません。


そして何より、仏教も、神道も、自殺を禁忌としていないんです。そしてヒンドゥー教も。まして仏教なら即身仏、ヒンドゥー教なら焼身自殺が、信仰心の表現や、悟りを開いて涅槃にたどりつくためのひとつの手段になっていたりと(細かい理由はここでカットさせてください)、自殺が信仰のひとつの手段になっている場合もあるくらいです。

一方、イスラム教、キリスト教は、自殺は禁忌です。してはいけないんです。絶対にしてはいけない。


世界の自殺率を国別に見てみると、イスラム教圏の自殺率が非常に低いことに気づきます。なぜでしょうか。なぜなら、禁止されているから。例えばイスラム教圏のドバイ(UAE)はそこに加えて自殺は犯罪です。もしも未遂で生き残ってしまったら、刑務所に入れられます。同じ法律はシンガポールにもあります。シンガポールも、もともとはマレーシアであり、イスラム教の影響が根強いです。

経済発展が成熟した先進国で、心の問題が社会問題になっていくのは、どの国も同じです。しかし例えばアメリカやドイツの自殺率は、日本に比べてぐっと低い。ストレスの強さははかれませんが、それなりにストレス社会のはずです。でも日本のほうが圧倒的に高い。これは、キリスト教の教えが、自殺はしてはいけないという教えが影響していると考えるべきだと思います。もちとん皆がキリスト教徒ではないでしょうが、マジョリティなのは間違いありません。


もちろん、これが全て、方程式のように当てはあるわけではないでしょう。

しかし例えばスリランカ。僕も、去年三週間滞在しましたが、この国は仏教もしくはヒンドゥー教徒がほとんどです。そして、第三国であり、経済発展をとげているものの、自殺率は非常に高く、4から5位です。うらみや、あてつけ、としての自殺が多いそうです。


マレーシアを見ると、もっと興味深いことがわかります。マレーシアの自殺率はとても低いものの、内訳を見てみると、中華系マーレシア人と、インド系マレーシア人が、ほとんどを占め、マレー系マレーシア人、つまり生粋のマレーシア人の自殺率は非常にわずかなんです。しかし、マーレシアではマレー系マレーシア人が人口のメインです。つまり、人口的にはマレー系マレーシア人が圧倒的に多いのに、それでも、自殺する人はほとんどいない。


なぜか。これも、宗教の違いだとしか思えません。マレーシアで生まれたマレー系マレーシア人は、生まれたときからムスリム(イスラム教徒)として育てられます。他にタイでも、県別の自殺率では、最も低いのはイスラム教徒が多い南部パタニー県です。


同じ社会、同じ国ににいて、自殺してしまうか、しないか、はこの宗教が何か、何の信仰をもっているか、が、一番影響をもっているのではと思うんです。もちろん、日照時間の問題だとか、情勢不安だとか、独裁者政府だとか、いろんな要素が絡んでくるのはもちろんですが、


僕たちが見落としがちなのが、この宗教観です。宗教の強制力って、本当に強いです。信仰のもとにあるルールは、神から与えられたルールですから、それは絶対です。僕たちが、鳥居を蹴ったり、仏像を割るとか、そんなことが怖くてできない、バチが当たる。この感覚と近いかもしれません。



日本人は、子供の頃から、他人に迷惑をかけてはいけないと、しっかり教育、あるいは洗脳されているので、うつ病になって自殺を考えて苦しくなっているときでも、電車の中で大音量で音楽を聞くとか、道ですれ違うときに、決っしてゆずらずに、バンバン相手にぶつかるとか、そういうことはしません。(今シンガポールにいますが、そんな人たちが多くてびっくり!)どんなにフラフラでも、社会の中で、自分が他人に迷惑をかけないように、というのは徹底しています。

おじぎだってそう。無意識に、おじぎをしてしまうでしょう? 


こういう、無意識にできてしまうレベルで、自殺のことを子供の頃可から、しかも宗教を通して、禁止されていたら、苦しくても、自殺をしよう、という発想がそもそも、浮かばないんです。

死にたい、という気持ちは、とにかく、楽になりたい。この苦しみが続くくらいなら、早く終わらせたい。そのためには死ぬことしか方法が浮かばない。という状態です。つまり、死ぬことが非常口になる。ここから脱出するために、最後の出口が自殺なんです。


ところが、ムスリムたちには、自殺という選択肢がそもそもない。なので、どんなに苦しくても、神に祈りながら、他の選択肢を模索していくんですね。


今シンガポールでムスリムの友達から、イスラム教のことを、クリスチャンの友達からはキリスト教のことを教えてもらっており、たくさんの気づきをもらっています。


宗教、とかくだけで、日本ではアレルギー反応をおこされ、すぐに、カルト? 変なのに入信するなよ、とか、そういう話になりがちです。イスラム教も、最近のテロのせいで、生粋のイスラム教まで怖がられていたり、キリスト教も、カルトの影響で、抵抗がある人が多いでしょう。実際僕もそうでした。でも、本当のイスラム教やキリスト教を、真摯に取り組んでいる人はとても強いし、芯がある、とここ最近強く思うようになりました。

じゃあ、今信仰もなく、特に宗教もない、そして日本人として育った人は、自分はどうしたらいいのかというと、常に本などを読んで、自分の思考が偏らないように意識していくことしかないと思います。その際、イスラム教徒やキリスト教徒の価値観や宗教観にふれていくのも、とても大切で大きな意義があると感じている次第です。

信仰や宗教、というと日本で嫌がられるので、これを、マイルドにして、伝えていく方法がないか、考えているところです。


何しろ、今後、海外で、なんで日本人は自殺がおおいの? と言われたら、いろんな要素があるけれど、宗教観は大きい。と答えます。



一方、メンタル部分ではなく、身体面が原因で、自殺へとコミットしてしまうこともわかっています。すべて精神論や心の問題で語れるわけではないのです。

身体の機能、つまり脳機能やホルモンバランスが崩れるだけでも、死にたい気持ちに襲われます。
適切な栄養素や食事の仕方で、死にたい気持ちがなくなってしまうこともあるのです。

栄養のこともしってください。
http://supplement.reiki-de-kirei.com/















posted by 橋本翔太 at 17:48 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする