2018年03月14日

拒絶が怖い人は、自分が拒絶するようになると変わる

シンガポールを拠点に南アジアに滞在すること、そろそろ七ヶ月です。


多文化、異文化に揉まれて、僕が身につけたのは、はっきり ノー と言えるようになったこと。


日本と違って、人々が均一ではないので、

ものすごく嫌なやつもいるし、
ものすごく失礼なやつもいて、
また、ハァ? という要求をされることもあり、


はっきり、ノー と拒絶することを覚えました。

拒絶して、無視。という、日本ではまずしなかった、むしろ、それは悪いことだからと避けてきたことをやっています。



さて、最近、そこそこ、交流のあった人に、SNSでブロックされていることに気づきました。まったく心当たりがないので、え〜〜とショックを受けたんですが、前よりも立ち直りがウンと早いというか、引きずらなかったんです。


拒絶されると、自分の存在を否定されるような気がして、拒絶されることは僕にとっての苦手な項目で、なるべく避けたいことなんですが、今回は割とすっと受け入れたんですよね。

なんでだろう、何が変わったんだろう、と考えたたんです。真剣に。

そこで気づいたのが、

自分が相手にノーと言える、拒絶できることが実は大きい変化につながっているのではと思いました。

拒絶するということは、拒絶するほうの立場がわかるということなんです。そして拒絶されることもあるよね、だって自分も拒絶してるし。という、フラットで淡々とした感覚に繋がることがわかりました。自分もしてるから、しょうがないよね、という感じ。


ここではたと気づきました。拒絶が苦手な人、すごく怖い人、ショックで寝込んでしまうくらいの人、は、


今まで、誰かを拒絶することが少なかったのでは? と思ったんです。 あるいは、拒絶してはいけない、って信じて来た人。親との関係で、拒絶したくても、それを許されなかった、拒絶できなかった人も含まれます。(親との関係を考えると、もう取り戻せない子供時代、なんでこの親の元に生まれたんだ、と考え出してしまうかもしれませんが、そうではなくて、親の影響なんだな、と認識するだけで変わります。深追いして落ち込まないこと)


つまり、拒絶に強くなる、拒絶が平気とまでいかなくても、フラットに捉えられるようになるには、あなたが、嫌な相手、苦手な相手、状況、自分が好まないことに対して、はっきりノーと言えるかどうか、が関係しているとわかったんです。


相手が嫌な人でも、自分にあわないと思っても、なんとかあわせて頑張ってしまう優しい人は、拒絶することができない人です。そして、この拒絶できない人は、相手の拒絶にもとても弱いんです。


シンガポールでは、本当にトンデモない、ふざけんなこのやろー事件になんども揉まれ、日本ってなんて礼儀正しくて素晴らしい国と思いつつ、シンガポールの悪いところ(いいところもあるけどね)に合わせる気なんてさらさらないので、はっきり拒絶、嫌な奴は無視、をするようになってから、皮肉にも、自分への拒絶も平気になって来たという、、、発見をしました。



この数ヶ月で1番ひどかったのは、今通っている学校の校長のミスで、オーバーステイになっちゃったんですよ、僕。政府やらパスポートやらに傷がつくので、本当に怒りました。そもそも、こうならないように、3回も時間を割いて、わざわざ校長に確認をしたんです。スケジュールの確認ね。校長は校長でめんどくさそうで、大丈夫大丈夫、あなたは考え過ぎよ。(You think too much)となんども言われ、それならお任せするね、と任せたんですね。

その結果がオーバーステイですよ。校長忘れてんの。それで、この校長が謝らないんだ。謝るべきだ!と抗議したんですが、

あーはいはい、謝ればいいわけ? アイムソーリー。これで満足? という返答(誇張してないからね)


愕然としましたね。多分60歳に届く女性なんだけど、大人の品格なし。いやー、これはないなと。その上、責任は一切私にはない、と豪語。呆れました。異文化でも受け入れられない。

(ただね。シンガポールは、全体的に謝らないです。本当に。シンガポールの友人たちが、そう言ってますから。この愚痴ははじめると止まらないので省略するか、次回に回します。)


とにかくですよ、この国にいると、完全にシャットアウトしなければとてもやっていけない精神状態に追い込まれるため、


日本のように、他人との和をもって、なんてことはやめて、自分にとって会う人とは深く、あわない人とは、シャットアウト、拒絶。ということができるようになって来ました。(まだまだ、嫌な奴、意地悪な奴に振り回されますけどね。というか、日本だと、意地悪な人に遭遇する確率も低め。その代わりシンガポールには、一般的な日本人よりも圧倒的にフレンドリーで素敵な人もいますけどね)



僕をブロックした人も、何かの理由があるのでしょうが、それはもう仕方ないし、お互いの幸せのためにも、それで良し。


そんな風に、割り切れるようになったんです。そして割り切れるようになったのは、自分がノーと言えるようになってきたから。


拒絶されるのが苦手な人は、あなたの苦手な人、嫌な人、もういいや、と思っている人を拒絶することから始めてみてはどうでしょうか。



拒絶は、自分の存在価値の否定にまで拡大解釈するからこそ傷つく、というのが一番大きい問題なのですが、


そもそも、拒絶に慣れてしまう、そのために、自分が、ノーということに慣れる、というのは、一つの効果的なレッスンになりますよ!


そもそも、拒絶は、相手の都合なんですけどね。この辺りは、この本が参考になるかも。




ノー、というんだ!! 恐れずに、相手をシャットアウトしよう。それが強さにつながる。


さらに自分自身を整えるためには、ナチュラリング!&栄養療法!


ナチュラリング

栄養療法






























posted by 橋本翔太 at 01:51 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする