2017年06月13日

今、イスラム教とキリスト教から一神教を学んでいる。ラマダンです。

今、一神教の神様について、イスラム教とキリスト教、両サイドから学んでいます。(ユダヤ教は学べる友達がいない)


シンガポールでは、ムスリムの友達から、日本ではクリスチャンの友達から、ガイドしてもらいながら、神様、を学んでるんです。


なんでかって、今年に入って気づいた大きな学びが、神様を信じている、(というと擦り切れた表現なんですが)神様とつながっている、というのかな、信仰心がしっかりある人って、すごく強いんですよ。ぶれない。


なんでそんなに優しいの?なんでそんなに強いの?って話を聞くうちに、ムスリムの友達(Yasser)は、誰にも依存してないけど、頼らないけど、神様には頼ってることがわかったんです。だから強い。神様は絶対ブレないから。


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日本人のクリスチャンの友人(みぎは)も、生きてく姿勢というか、強さ、親身になってくれる優しさ、ぶれない感じが素晴らしくて、やはり彼女も、神様との繋がりをしったりもったクリスチャンです。


もともと、ニューエイジをベースとしたスピリチュアルや自己啓発って、アメリカ発で、キリスト教をベースに、信仰心と宗教色を取り除いた、テクニック集でもあるんですよね。


でも、多くの人がなんでうまくいかないのかっていうと、肝心の、信仰心、信じる力が、足りない。表面だけのスキルではとても補えないからなんだと気付きました。



例えるならピンポン玉。


僕も表面だけのスキルなら、心理学やらスピリチュアルやら、沢山もってますが、中身が空洞で、何かあったら、ピンポン玉のように簡単に凹んでしまう。


では中身は何で埋めるか? 


それは栄養療法などの身体のアプローチに加えて、この、神様との関係、信じる力で、芯をつくり、ピンポン玉の中身をうめることができるのだと気付きました。


友人は、神様はいつも隣にいてくれると信じてるので、乗り越えちゃうんですよ。神様は、一見辛く感じる出来事も、よりよくなるための種で、必ずより良いものを与えてくれると信じている。それがブレない。


そして、感謝も当然のように、日常のあらゆる瞬間に組み込まれている。


しかもそのやり方は、人生を、心を楽にするための、科学的な要素が沢山つまってることにも気付きました。


もっとうまく説明できるように、とにかく今は神様、について学んでいるのです。


写真はシンガポールにて。今、ラマダンの最中なんですが、断食はしないものの、タラウェイの祈りには参加していて、2時間ほど、祈りに参加します。(他に一日五回の祈りも、できる範囲で実践)最初はきついかなと思ったんですが、参加したらあっという間の2時間。感極まって泣きそうになる瞬間もあって、このラマダン期間の特別なエネルギーを感じてます。シンガポールのムスリムはほとんどマレー系シンガポール人です。なのでモスクでは、コーランの教義や説明も、マレー語が使われるので、全然わからないんですけどね。それでもエネルギーは感じる。


イスラム教やキリスト教、どちらに入信するとかではなく、一神教の「神様」ということを、ニュートラルに学んでいる最中です。



I'm studying about ''God'' from Islam and Christianity.


I realised that my Muslim and Christian friends who practice their faith are kind, calm, and strong. They are independent, have a high self esteem and believe in themselves because they know that God with them.


I have a profound respect my friends and their faith thus the reason why I begin to study it.


It is now the month of Ramadan and I have started to follow my Muslim friends to perform Solat (prayers)Teraweeh at the mosque.


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posted by 橋本翔太 at 08:02 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月18日

強さの秘訣はレリゴーだった! Let it go の意味は、ありのままではない

【彼の強さの秘訣はレリゴーだった!  Let it go の意味は、ありのままではない】

  

シンガポールの友人と話していて、「そんなの、レリゴーだよ」と諭されたとき、今さら気づいたことなんですが、

 

 


Let it go は 日本語歌詞の、ありのままの、ではなく、(訳者の方は、唇の動きに合う、かつ意味が大きく外れない言葉を選んだそうで、苦労されたそうです。レリゴー ありの?確かに母音がおなじ!)

 

 


流してしまいなさい

手放しなさい

 

的な意味なんですよね。

 

 


歌も、

 

Let it go, let it go

Can't hold it back anymore

Let it go, let it go

Turn away and slam the door

 

手放すのよ、流してしまうの

これ以上しがみついてられない

ドアをピシャリとしめて次に行くのよ

 

的な意訳になると思うんですね

 

エルサのあのシーンは、もう本当に次に行くんだという、強い決意と意志があるんですよね。


 

 

過去を手放し次にいくの、もう迷わない、さぁ、手放して、そのまま流してしまいましょう、誰がなんと言おうと気にするもんですか。

 

 


そんな強い意志にあふれてます。

 

 


Cメロから、最後のサビに行く前の歌詞は


 

 

I'm never going back, the past is in the past

 

過去は過去なのよ、もう絶対に振り返らないわ


 

 

という、ダイレクトな言い切りとともに、最後のサビに向かうわけです。


 

 


やっぱりこの曲いい曲だ。


 

 

そして、この Let it go は、過去につかまれて、苦しくて、先に進めない、絶望してる、悲しみにくれている、そんなときに、ちょっと強めの激励として使われることもあります。寄り添って欲しい時に言われたらムッとしますね。笑。


 

 

僕の場合は、シンガポールのメンタルの強い友人に、なんでそんなに強いのか、質問した時に、レリゴーだよ、と答えが返ってきたのでした。


 

 

彼の強さの秘訣はレリゴー。

見習いたいレリゴー。


 

 

、、、、


この二カ月、平日のランチに毎日のようにホッカーセンターで食べたチキンライス。

 

通常、四人前に当たる蒸し鶏半分を一人で食べるので、顔覚えられてしまいました。アイコンタクトで注文が完了します。

 

運動前なので、ライスは普通に食べるか、半分を残してました。サプリメントで低血糖症はよくなってるので、糖質とっても割と平気になってます。ここまでくるのに四年以上かかりました。

 

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posted by 橋本翔太 at 01:56 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月30日

日本人の自殺、自殺率が高い本当の理由

日本人の自殺、自殺率が高い本当の理由

海外ではじめて出会った人と、会話がスタートすると、かなり頻繁に聞かれることがあります。自分が心理カウンセラーや音楽療法をやっているからかもしれませんが、なんで自殺が多いのか、最初の会話でよく聞かれるんです。多くの外国人が日本人に対して抱いているイメージが、極端にいうと、

●ハイテク
●物価が高い
●自殺が多い

の3点なんです。物価が高いのは、もう過去の話で、しばらく日本に旅行に来てない人が言います。ハイテクというのは、ロボットなどの最新の産業をはじめ、モニターフォンや風呂やトイレにいたるまで、ボタンひとつで湯沸かしや、洗浄ができ、あらゆるところに、ボタンがついている、というイメージを持っている人が多いから、だと思います。そこら中にボタンがあるのよ! と日本旅行から帰ってきた友達がいってました。確かに公衆トイレにまでウォシュレットがついているのは日本だけだと思います。

そして3番目。なんで日本人は自殺がおおいのか? これを毎回聞かれます。そして、みんな、ストレスが高いから、ストレス社会だからでしょ? と、という意見を持っています。 日本のイメージ映像として、朝のラッシュの新宿駅の山手線を、係員がぐいぐい人を押し込んでいる。みんな暗い顔で、中にはマスクをして、うつむいている。そんな映像が、ちょっと悪意をかんじるのですが、海外でのイメージとして捉えられています。

もう15年くらい前から、聞かれていた質問で、そのたびに、僕も、ストレスが強いから、社会が成熟して心の問題が増えているから、過去に切腹など自殺を美化する文化があるから、自殺で責任をとる、という風潮があるから。などと回答してきました。きっとそのどれも、一つの要因になっているとは思います。


しかし、多くの友人と接するうちに、一番、影響を与えている因子、それは宗教の強制力だと、確信するようになりました。

日本人は無宗教がほとんどで、なにかのセレモニーのときだけ、主に仏教、もしくは神道を選びます。神社にいけば手を合わせますが、それが【信仰】とよべるかというと、実際はもっと自由で、お参りのときだけ、お願い事をしたり、感謝をのべたりするけれど、強い信仰心だとか、そこまで気にしませんし、あまり重要ではありません。


そして何より、仏教も、神道も、自殺を禁忌としていないんです。そしてヒンドゥー教も。まして仏教なら即身仏、ヒンドゥー教なら焼身自殺が、信仰心の表現や、悟りを開いて涅槃にたどりつくためのひとつの手段になっていたりと(細かい理由はここでカットさせてください)、自殺が信仰のひとつの手段になっている場合もあるくらいです。

一方、イスラム教、キリスト教は、自殺は禁忌です。してはいけないんです。絶対にしてはいけない。


世界の自殺率を国別に見てみると、イスラム教圏の自殺率が非常に低いことに気づきます。なぜでしょうか。なぜなら、禁止されているから。例えばイスラム教圏のドバイ(UAE)はそこに加えて自殺は犯罪です。もしも未遂で生き残ってしまったら、刑務所に入れられます。同じ法律はシンガポールにもあります。シンガポールも、もともとはマレーシアであり、イスラム教の影響が根強いです。

経済発展が成熟した先進国で、心の問題が社会問題になっていくのは、どの国も同じです。しかし例えばアメリカやドイツの自殺率は、日本に比べてぐっと低い。ストレスの強さははかれませんが、それなりにストレス社会のはずです。でも日本のほうが圧倒的に高い。これは、キリスト教の教えが、自殺はしてはいけないという教えが影響していると考えるべきだと思います。もちとん皆がキリスト教徒ではないでしょうが、マジョリティなのは間違いありません。


もちろん、これが全て、方程式のように当てはあるわけではないでしょう。

しかし例えばスリランカ。僕も、去年三週間滞在しましたが、この国は仏教もしくはヒンドゥー教徒がほとんどです。そして、第三国であり、経済発展をとげているものの、自殺率は非常に高く、4から5位です。うらみや、あてつけ、としての自殺が多いそうです。


マレーシアを見ると、もっと興味深いことがわかります。マレーシアの自殺率はとても低いものの、内訳を見てみると、中華系マーレシア人と、インド系マレーシア人が、ほとんどを占め、マレー系マレーシア人、つまり生粋のマレーシア人の自殺率は非常にわずかなんです。しかし、マーレシアではマレー系マレーシア人が人口のメインです。つまり、人口的にはマレー系マレーシア人が圧倒的に多いのに、それでも、自殺する人はほとんどいない。


なぜか。これも、宗教の違いだとしか思えません。マレーシアで生まれたマレー系マレーシア人は、生まれたときからムスリム(イスラム教徒)として育てられます。他にタイでも、県別の自殺率では、最も低いのはイスラム教徒が多い南部パタニー県です。


同じ社会、同じ国ににいて、自殺してしまうか、しないか、はこの宗教が何か、何の信仰をもっているか、が、一番影響をもっているのではと思うんです。もちろん、日照時間の問題だとか、情勢不安だとか、独裁者政府だとか、いろんな要素が絡んでくるのはもちろんですが、


僕たちが見落としがちなのが、この宗教観です。宗教の強制力って、本当に強いです。信仰のもとにあるルールは、神から与えられたルールですから、それは絶対です。僕たちが、鳥居を蹴ったり、仏像を割るとか、そんなことが怖くてできない、バチが当たる。この感覚と近いかもしれません。



日本人は、子供の頃から、他人に迷惑をかけてはいけないと、しっかり教育、あるいは洗脳されているので、うつ病になって自殺を考えて苦しくなっているときでも、電車の中で大音量で音楽を聞くとか、道ですれ違うときに、決っしてゆずらずに、バンバン相手にぶつかるとか、そういうことはしません。(今シンガポールにいますが、そんな人たちが多くてびっくり!)どんなにフラフラでも、社会の中で、自分が他人に迷惑をかけないように、というのは徹底しています。

おじぎだってそう。無意識に、おじぎをしてしまうでしょう? 


こういう、無意識にできてしまうレベルで、自殺のことを子供の頃可から、しかも宗教を通して、禁止されていたら、苦しくても、自殺をしよう、という発想がそもそも、浮かばないんです。

死にたい、という気持ちは、とにかく、楽になりたい。この苦しみが続くくらいなら、早く終わらせたい。そのためには死ぬことしか方法が浮かばない。という状態です。つまり、死ぬことが非常口になる。ここから脱出するために、最後の出口が自殺なんです。


ところが、ムスリムたちには、自殺という選択肢がそもそもない。なので、どんなに苦しくても、神に祈りながら、他の選択肢を模索していくんですね。


今シンガポールでムスリムの友達から、イスラム教のことを、クリスチャンの友達からはキリスト教のことを教えてもらっており、たくさんの気づきをもらっています。


宗教、とかくだけで、日本ではアレルギー反応をおこされ、すぐに、カルト? 変なのに入信するなよ、とか、そういう話になりがちです。イスラム教も、最近のテロのせいで、生粋のイスラム教まで怖がられていたり、キリスト教も、カルトの影響で、抵抗がある人が多いでしょう。実際僕もそうでした。でも、本当のイスラム教やキリスト教を、真摯に取り組んでいる人はとても強いし、芯がある、とここ最近強く思うようになりました。

じゃあ、今信仰もなく、特に宗教もない、そして日本人として育った人は、自分はどうしたらいいのかというと、常に本などを読んで、自分の思考が偏らないように意識していくことしかないと思います。その際、イスラム教徒やキリスト教徒の価値観や宗教観にふれていくのも、とても大切で大きな意義があると感じている次第です。

信仰や宗教、というと日本で嫌がられるので、これを、マイルドにして、伝えていく方法がないか、考えているところです。


何しろ、今後、海外で、なんで日本人は自殺がおおいの? と言われたら、いろんな要素があるけれど、宗教観は大きい。と答えます。



一方、メンタル部分ではなく、身体面が原因で、自殺へとコミットしてしまうこともわかっています。すべて精神論や心の問題で語れるわけではないのです。

身体の機能、つまり脳機能やホルモンバランスが崩れるだけでも、死にたい気持ちに襲われます。
適切な栄養素や食事の仕方で、死にたい気持ちがなくなってしまうこともあるのです。

栄養のこともしってください。
http://supplement.reiki-de-kirei.com/















posted by 橋本翔太 at 17:48 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月15日

・3.11に起きた信じられない奇跡とアイデンティティの崩壊と、今日のイベント感と

3月11日がすぎると、もうほかのニュースが流れます。
2011年3月11日、この日を機会に、徐々に僕は崩壊しました。


・3.11に起きた信じられない奇跡とアイデンティティの崩壊と、今日のイベント感と

クリスマスとかハロウィンみたいに、ひとつのイベントとして消費されている気がして、なんだか悲しくなるのは、福島県出身だからゆえでしょうか。

過去を引きずってても仕方ないだろうし、次々とニュースは起こりますから、仕方ないのはもちろんなんですけどね。

今シンガポールにますが、シンガポールの友人も、(放射線がこわいから)日本にはしばらくいけないな〜なんて言う人がいます。まあ意見はそれぞれあるのはわかりますけどね。福島県出身だ、なんていうと、外国人が異様に驚き、あなたの実家は津波は大丈夫だったの? 園内にはいっていたの? としばらくは会話にことかきません。


再度。2011年3月11日、この日を機会に、徐々に僕は崩壊しました。

スピリチュアルがわからなくなりました。波動とか、神様とか、そういうものがわかならくなりました。
なんで? なんで? それに答えてくれる人はいませんでした。当然ですけど。

何より嫌だったのは、スピリチュアル系を名乗る人たちが、「あれは浄化だ」などとのたまっていたこと。あれだけの人間がなくなり、津波と原発で、生き残った人も、辛い思いをしている。

それを、東京でぬくぬくとしながら、

あれは浄化なんですよ
人が死ぬのは悪いことではない

と言う。何か深い信仰や知識に基づいての発言ではなく、あきらかに上からの、勘違いスピリチュアル系の人間に辟易とし、正直ぶんなぐってやろうかと何度おもったことか。普段きたえてますから、殴り殺しかねないなと思いつつ、そっとその場を去ったことが何度あったか。

この人達が語る、波動だとか地球がだとか、感謝だとか、ぬくぬくしながら、お前ら、何をほざいてんだ、フザケンナよ、と。


僕はスピリチュアルからしばらく離れました。

ただね、ずっと言わなかったんですけど。僕も僕の家族も実害から免れているんです。

この地震が起こる二年前に、なぜか急に僕は、実家が地震保険に入っているか気になり、はいっていなかったので、直ちに手続きをしたんです。その後も一度母が提出しわすれて流れそうになったのですが、どうしても保険に入らなきゃいけない気がして、しつこくお願いして入ったんです。

震災後、実家は半壊でした。保険がおりました。結果、リフォームができて、前より家がきれいになりました。


さらにもう一つ、これは本当に、いまでもすごいことだと思うのですが、地震が起きる半年前に、母と妹に、栃木の那須に引っ越してもらったんです。二人の仕事が那須になったのと、僕は古い実家を出て、家は買わないけど、せめてきれいなアパートにどうしても住んでほしくて、引っ越しを提案したんです。つき動かされるように、引っ越しの手続きをすすめました。


家賃も費用も全て僕が払うといいましたが、母親はもったいない、直接車で通うからしなくていい、と渋りました。でも僕はどうしても、引っ越ししてほしくて、半ば無理やり物件を決めて引っ越してもらいました。母は、しばらく不満げでした。

那須と実家白河市は、新幹線でたった10分の隣駅。車でも50分ほどの距離です。
震災後、白河市は死者も出て、水道も電気も復旧に時間がかかり、水道車がきて列をなしていました。


一方、栃木の那須は、距離的にはほとんど離れていないのに、電気も水道もすぐに復旧、新幹線も、那須塩原まではすぐに復旧し、ほとんど生活に支障はでなかったのです。(ガソリン不足をのぞく)

あのまま実家に母や妹がいたら、どうなっていたんだろう。タンスが倒れてきて下敷きになっていたかもしれない。復旧までの間に体調を崩していたかもしれない。

これらを、なぜか、僕の行動によって、回避できたんです。むしろ保険がおりて、得をしてしまった、と、そこまで言い切ることができます。


しかし、これを公表する気にはとてもなりませんでした。非常に不謹慎だもの。

それに、この話をして、さすが橋本さん、直感ですね、とかいわれるのも、すごく嫌だし、

僕の波動が高いから、震災から免れた、なんて思う事自体、吐き気がしました。

そんなの、震災は日本の浄化なんですよ、なんてほざく、頭からっぽの自称スピリチュアル人間と何も変わらないじゃないですか。



波動をあげて、気のめぐりをよくすると、運気がよくなり、直感が冴えて、いろんなことがうまく運ぶようになります。ピアノレイキ、橋本式レイキやナチュラリング講座で伝えてきたとおりです。

そして、それは確かに効果がありました。身をもって体験しました。福島県という震災ど真ん中、放射線ど真ん中の地域で、私達家族はうそみたいな偶然が重なって、完全に無傷でした。


でも、こういうこと全部、なんだか受け入れられなくて、僕の中のアイデンティテイだったスピリチュアル、波動の概念が崩壊していきました。


波動をあげたから、震災からまぬかれて、保険がおりて得しちゃった、波動が高いとラッキーハッピー……。

……こういうことを平気でいえるのは、おかしい人だと思う。


自分がやっていることは、なんなんだろう、そう自問が続きました。


そうこうするうちに、心が疲れてしまい、今までの心理学やスピリチュアルでは回復できず、悩んでいるところに友人と再開、彼女が低血統症であること、栄養療法というものがあること、血糖値やビタミン、食事で心が整うことを知り、そして自分が低血糖症だと知り、

そこから数年は、ひたすら栄養療法に比重をおいて取り組んできました。


夢をかなえるために
心が元気でいるために
無気力やうつや、パニック、トラウマの改善に

肉体からのアプローチが必要だと知り、当時は愕然としました。実際ためして効果がものすごくあったので、コーダサプリの制作に取り組み、活動しているのはご存知のとおりです。


そして去年の12月あたりから、ここにきて、失っていたスピリチュアル、波動、というものを、再度取り戻しつつあり、今、ようやく、震災の頃に一度捨てた心のメソッドやピアノレイキを、改めて、しかもパワーアップして、取り入れることにより、肉体と波動の相乗効果で、人生や体調がよくなることを再実感しています。

波動やスピリチュアル、自己啓発の内容は、まずは身体と脳が栄養で満ちていないと、効果を発揮しません。ガソリンが切れている車にのって、いくらハンドルさばきや、上手に運転する方法を学んでも、車がうごかないと同じです。

ガソリン(肉体、脳、ホルモンのバランスを栄養素で整える)で満たした後に、はじめて、スピリチュアルや波動論がいきてくるのです。


そして何より、一個人として、僕には、波動の話、言霊のはなし、神様のこと、ピアノレイキなどの、目に見えない世界の話が、必要なんだとわかりました。

賛否両論で、誰かに否定されようと、僕には、波動というものをベースにした哲学が必要なんです。それによって心がととのい、人生が流れ出すことを再確認したので。僕にたりなかったのは、神、もしくは宇宙、大いなる自分、といった、存在を信じ、それらに頼ることでした。このあたりは言葉にするのが難しので、何かの機会にお話できればとおもうのですが。


震災で被害がなかったことも、自分の活動の結果として、受け入れていいんだと思いました。

肉体に加えて、
波動や気を整えることで、

やっぱりうまくいくんです。

311から、6年たちました。長かったな。


この6年でなんども苦しんできた、どう取り入れていけばいいかわからなくなったスピリチュアルや波動。
ようやく、お伝えしていけそうです。


まずはね、身体を整えて下さい。脳と身体を栄養で満たして下しい。
そうしないと、次のステップ、波動や気、心のアプローチにすすめないんです。

そして身体が栄養で満ちてきたら、次のステップでやってほしいのが、

ネガティブな言葉を使わないこと
レイキ(もしくは瞑想、脱力、マインドフルネス)の時間を少しでもいいからつくる。

これだけです。極力、ネガティブな言葉をつかわない。言葉には、波動として強力な力があります。こんなの、使い古された言葉になってしまいましたが、これが本当に大切なんです。先日の悟り体験で、特に自分の口からでた言葉が徹底的に自分の心にヒットするのを体験したので。(また説明します)。とにかく、基本のキ、ネガティブな言葉を封印してください。

サンマーク出版さんの、もう、不満はいわない。 のワークはヒントになります。バンドや輪ゴムをつけて、不満やネガティブなことを口にするたびに、バンドをつけかえるです。


つぎに、レイキ。瞑想でも脱力でもマインドフルネスでもいいのですが、特に集中やスキルがなくても、レイキだと自動的に瞑想も脱力も、そしてマインドフルネス状態へと導いてくれるので、レイキ、やってください。

海外でいろんな人にあいますが、Reiki、私の知っている友人、精神科医の方たちまでみんなレイキを知ってました。


やれることからやっていきましょう。

まずは栄養。つぎに言葉、とくにネガティブなことを言わない。ポジティブなことを言うのはその後です。そしてレイキを活用する。まずは5分間胸に手をあてるだけでいいので。


震災から得たもの、やっと形になってきました。みなさんに惜しみなくお伝えしていきます。
ではまた

橋本翔太




posted by 橋本翔太 at 13:24 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月10日

視点を変えるというのを図で書くと

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YES.
問題が解決するときって、大抵これなんだよね
posted by 橋本翔太 at 16:57 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月08日

魅力と自信をつけるにはサクラを使え!





臨床心理専攻教育修士/音楽療法家 の橋本翔太です。



長らく、本当に長らく、栄養の大切さ、身体からの心のアプローチについてとりくんできましたが、身体が整った後は、やっぱり、心のメソッドが必要になります。


身体の土台ができたら、ようやく、そこではじめて心のメソッドが効果をあげます。


いろんな本を読んだりセミナーに参加したりしても、うまくいかない、望みがかなわない、心が元気にならない場合、それは身体のほうに大いに原因がある場合があることを、僕はこの7年間を通して学んできました。

さて、そろそろ、僕のもともとの得意分野である、心の話、波動の話を、バージョンアップして、お届けしていく時期がやってきたと思っています。



●魅力と自信をつけるにはサクラを使え!!!

多くの人にとって課題である、自信をどうやってつけるのか。セルフイメージをどう高めるのか、その方法を、改めて、以下に書いていきます。

多くの人が、僕もふくめて、誰かの承認、褒め言葉、をもらって、はじめて自分のことを認めてあげることができます。それが自信につながります。誰かに褒めてもらえれば自信がつく、無視されたり批判されると落ちこんで自信がなくなる。ここから抜けだす方法です。



最近は落ち着きましたが、原宿エリアは、パンケーキにはじまり、ポップコーンに、ジェラートに、と、日本初上陸のお店が次々にできて、朝から行列ですごいことになっていたことがありました。(今もそうですが)

日本人、いや、僕の経験からいうと、日本人だけじゃなく、外国人も、並んでいるお店は気になるし、入ってみたくなるらしいです。人気店は誰だって気になるんです。(日本人はとくに行列が大好きですが、、、)


でね、ぶっちゃけ、そのテクニックをつかって、わざとサクラを雇って並ばせたりしていることがあることもあるそうなんです。美味しいか美味しくないかはもちろんですが、人が入っているお店に、やっぱり人は惹かれます。その証拠に、散々ならんで食べたけど、「ふーん」という程度の味で、とりあえず並んで、食べられたことに満足した、味自体は近所のお店のほうが美味しかった、という経験、みなさんもあるはずです。


ちょっと脱線しましたが、つまり、人を引きつけるために、その店を魅力的に見せるのに、サクラを使うのって、ある意味有効な手段なんです。サクラのおかげで注目をあつめることができるし、その店が魅力的にみえるし、実際魅力があるのなら、サクラのおかげで、知ってもらうチャンスができるわけだし。人が集まってきて人気がでてきたら、味もさらに美味しくなっていくでしょうし。


でね、
これってね、自信の育成に役立つんですよ。 自信、もしくはセルフイメージってやつです。


多くの人が、僕もふくめて、誰かの承認、褒め言葉、をもらって、はじめて自分のことを認めてあげることができます。それが自信につながります。誰かに褒めてもらえれば自信がつく、無視されたり批判されると落ちこんで自信がなくなる。あなたもそうではないですか? 日本の学校教育を受けてきたら、こうなってしまうのは、ある程度は仕方ないのですが、それにしても、自分の自信が外側次第ってすごくしんどいです。

これがひどくなると、誰かが褒めてくれないと、認めてくれないと、自分に価値を見いだせない。自分の存在に意味を見いだせない。自信が崩壊してしまう。逆に褒めてもらえれば、認めてもらえれば、やっとそのきだけは、自分を認めることができる。得意な気持ちになる。そういう状態がパーソナリティに取り込まれていきます。


これは本当に本当につらいことです。なぜか。

次のメルマガでもかきますが、他人ってすごくいい加減なんですよ。昨日までスキっていってくれてたのに、今日になったら、あんたなんか嫌い、無視するからっていわれたり、ずっと文句をいわれていたのに、今日は急に褒めてくれたり、そんな風に、他人って、どんどん変わるんです。あなたの状態が誰かの価値観にフィットすればスキ、すごい、と褒められ、合わないと、嫌い、むかつく、と言われる。

他人の評価ほど、あいまいで、ぼんやりしていて、つかみどころがないものはないんです。そこに依存したら、霧の中の幻によりかかるようなものですがから、簡単に転倒してしまいます。



そして、よく聞く話だと思いますが、あなたが自分に自信があれば、相手もあなたを評価することが増えます。自信がないと、ないがしろにされることが多くなります。人は、相手の自信を目にはできないけれ、おのおのの、自信のレベルを肌で感じ取っているんです。自分に自信がない人には強く出てくる人はたくさんいます。動物的感覚で、自信の強さって、ばれてしまうんです。



じゃあ、他人の評価なくして、褒め言葉なくして、自信をつけるには、どうしたらいいのでしょうか。それは、自分がサクラになって、自分が自分を褒めること。自分がサクラになって、自分をもりあげるんです。


どうやるかというと、これは何度も僕の本でも書いてきましたし、他でも見聞きすることなんで、目新しくはないのですが、鏡にむかって、自分を褒める、これしかないです。ってか、これ以上に効くワークって、ないです。10年間の経験から断言できます。


新しく付け加えたいのは、鏡の向こうの自分の目をしっかり見つけながら、自分を褒める、ということ。前までの本では、鏡の自分に向かって、という表現しかしませんでした。しかし、しっかり、目を見つめることが大切なんです。本当に。


日本人って、目を見つめるのって、すごく苦手ですよね。というか、失礼にあたる、という文化もあって、相手の目をみて話すことなんて、意識しないとできません。


外国人の友達とはなすときに、この話題になることがあり、僕はそのたびに、「高校入試で、中学の先生から教えられる、面接のテクニックはなんだと思う? それは、目はなく、相手のネクタイを見なさい、っていうアドバイスなんだよ  “Don’t look at his eyes but a TIE! “ 」
  
アイとタイの掛け合わせで結構笑いがとれるので、よくこのネタ、つかいます。笑。


そんな私達日本人も、鏡の前で自分の目を見つめることはできますよね。自分の目をじっと本気で見つめたことって、どのくらいありますか? 今やってみてください。愛おしい恋人や家族を見つめるように、自分の目をじっと、のぞくのです。じ〜〜〜っと見つめていると、心が静まり、頭のおしゃべりが止まり、落ち着いてくるはずです。(時に、これは僕個人の感覚なんですが、自分の目の中に宇宙の広がりを感じることがあります。)


このワークに取り組むにあたっては、そこまで見つめなくてもいいので、それでも自分の目を見つめながら、自分を褒めてみて下さい。あなたがあなたのサクラになって、自分をもりあげるんです。


自分を褒めるんです。かわいいね、大丈夫だよ、がんばってるよね、よく頑張ってきたね。未来はよくなるから。今日はすごくいけてる!
なんでもいい。大切なのは、誰かにかけてほしい言葉、かけてほしかった言葉を、今、自分が自分にかけてあげるのです。

英語なら、
I AM HANDSOME
I AM ENOIGH
I AM WORTH IT



などでしょうか。 You are Handsome といってもらえるのを待つのではなく、自分でハンサムだね、って自分に言ってあげる。今、誰かに認めてほしこと、かけてほしい言葉、励ましてほしい言葉、昔、もらえなかった言葉を自分にかけてほしいんです。目をみながら、自分の目をみながら。

このサクラ作戦を実行すると、周りのあなたへの評価まで変わってきます。あなたが自分で自分の自信やセルフイメージを高めたので、周囲が変化してくるんです。これは不思議なことではなく、人間のもつ、動物的な感覚によるものだともいえます。たとえサクラだったとしても、行列店に思わずならんでしまう、並びたくなるのと同じです。


なんでここにきて、この話をしているのかというと、確信したからなんです。

ブログにさらっと書いてますが、今、バリで瞑想のトレーニングにきています。公開募集されないブライベートクラスでとても濃い内容です。そこで、悟り、というか、要は、それなりの領域に踏み込むことができたんです。はじめて。


またすぐ日常に戻ってしまいましたが。しかし、そこで体験したことは間違いなくこの身体にきざみこまれました。その間に多くのことがわかり、実感し、ああ、やっぱりこれは間違いなかったんだ、ということ、これってこうなんだ、という驚き、そんなことが次々流れ込んできて、僕はただただ、その情報量に圧倒されていました。


一体何があったのか、また、なんでこの鏡のワークなのか、その理由は次回お伝えしますね。何度かにわけないと、とても書ききれません。今日のメルマガもものすごく長くなってしまった。


次回につづく〜


*******

おかげさまで、心とメンタルのための腸内フローラ、とても好評です。摂取してすぐに、まずお通じのほうで、快腸をかんじた、というご報告を多数いただいております。

腸内環境が変わってきてから、メンタルの調子がととのってきますので、すぐに心の不調が改善されなくても、焦らず続けて下さい。
なお、最初の三ヶ月は、腸内フローラがあたらしい菌によって変化していく時期なので、一日4粒のところを、一日8粒にしてお召し上がりいただくと、より早く、体感いただけると思います。

腸が改善されると、当然栄養の吸収率もよくなります、結果、脳やホルモンバランスが整い、心も整っていきます。腸内フローラが安定していくことで、腸からも、栄養吸収からも、2つのサイドからアプローチできるのです。

心の回復、しなやかで強い心をつくるには、メンタル面のアプローチ、心理療法や、波動や、認知の修正もとても大切です。

でも、この世界の私達の乗り物である、肉体、が整っていないと、いくら心のメソッドにとりくんでも、効果はでません。僕は心理メソッドの専門家ですが、僕自身が病んでしまい、心のテクニックが効かず、その原因が体のほうにあったことは、このサイトでも書いてきたとおりです。

心と同時に、体も整える。それがより強いメンタルをつくります。

心とメンタルのための腸内フローラ
supplement.reiki-de-kirei.com/coda/coda-06/





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2017年01月13日

浮かんだら、とりあえず、手を出してみる

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

もう14日ですがブログはじめということで。


今年は、思いついたらやってみる、というのを頭に入れておきたいと思ってます。

歳を重ねるといつの間にか、価値観と経験にしばられて、フットワークがどんどん重くなってくようにおもうんです。


特に経験が邪魔をして、やる前にああだ、こうだと、判断できてしまう。下手に賢くなったので、動かなくなってきてる気がして。



経験を重ねる前は、直観で浮かんだことはどんどん実行し、フットワーク軽く動けていたわけで、その感じを改めて取り入れていきたいなと思ってます。
posted by 橋本翔太 at 13:50 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月31日

足るを知る…前に、やってみて気が済んだほうがいい

足るを知る…前に、やってみて気が済んだほうがいい


今年最後のブログです。
今年もありがとうございました。


今年は特に仏教関連を勉強し、原始仏教にこそ、真の教えがあるなぁ、(最終的には量子力学の世界につながっていく)としみじみしていました。


一方、仏教に絡む本で必ずといっていいほど書かれているのが、


足るを知る、という概念です。


これができたら、ほんと、楽になると思うんですよね。特にいま、閉塞感の強い日本では、この概念こそ、しっくりくるというか、そう思うことでしか、自分を納得させることができないというか、


だからこそ、多くの方に、今、仏教の概念の一部、がもてはやされていると思うのですが、


この、足るを知る、も、自分の思いをごまかすために使うのであれば、


前向きなようで、すごく後ろ向きにも感じる言葉になると思うんです。



実際、足るを知り、今に感謝し、それはとても大切だし、生きていく知恵であることには大賛成です。


でも一方で、やってみたら、実際に手にし、あるいは体験し、行動してみたら、すっかり気が済んで、


足るを知る、なんていって自分の感情や欲望をごまかさなくても、欲望がみたせることで、想いが叶うことで、満たされてしまうことって、結構たくさんあると思うんです。僕にもたくさんありました。


その気になれば、できる、手に入れることができる、経験できるのに、それをしないで、足るを知る、と言い聞かせても幸せにはなれないと思うんです。


「もっともっと」という欲、を、みっともない、どうせ無理、と流してしまう、押させつけてしまう、それで苦しくなるくらいなら、欲しいものは欲しい、と素直にみとめて、 それを手に入れるように動いていくしかないと思うんです。そうすると、意外とその「欲」が気が済んでなくなってしまう。すくなくとも、前ほどのこだわりが消えてしまう。そんなことが起こります。


じゃあ、どうすればいいんだよ、というのは、来年、少しずつメルマガでご紹介できればと思っています。
http://www.reiki-de-kirei.com/ml.html




足るを知る前に、手に入れられるものを、経験できるものは、やってしまえばいい。


変に我慢するから、嫉妬したり、幸せな誰かを許せなかったり、自分に自信がもてなかったり、するんだと思うんです。他人の目はおいておいて、欲しいものは欲しい、やりたいものは、やりたい、と宣言する。


やってみて、手に入れて気が済んでしまったこと、ある意味トラウマ的に悩んでいたこと(例えば僕にとってはお金です。前にも書いてますが、家が貧乏で、苦労したので)が、スコンと解決してしまったこと、僕にはたくさんあります。


ちょっと雑なたとえなんですが、ブランドものの服や、高いレストランで食事をすること、が、できなかった頃は、それをしている人がとてもうらやましかったし、苦しかったのですが、実際なんども経験してみると、こんなものか、と気が済んで、ファストファッションのほうが自分にはあっているとか、ご飯はこの定食屋のほうがいいとか、いろんなこだわりが剥がれ落ちてい行ったんですね。でもそれは自分が経験したからであって、経験しないままファストファッションを着ても、定食屋さんにいっても、心は全然みたされなかったと思います。


それを、今年は改めて再認識し、やっぱり手に入れてしまうのが、一番解決がはやいし、だめだったときも、気が済むので、やはり自分の欲は大切にしていいだ、と思いました。



とにかく、この体と心で、経験したいことで経験できることは、全て経験しておいたほうがいい、そう思うんです。


足るを知る、のは、そのずっと先でもいいじゃないですか。

来年は、自分に、自分の欲にもっと正直に。
そんなことを考えております。










posted by 橋本翔太 at 18:51 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月29日

スリランカ2 期待するのをやめる。Do not have any expectation.

スリランカ2 期待するのをやめる。Do not have any expectation. それにマルチカルチャー



前記事でスリランカの、ここがきつい、と書きましたが、後半、もうなれてきました。


なんでなれてきたのかというと、


期待するのを、やめたからです。(前向きな、あきらめ、ともいえるかも)



日本にいると、これは 当たり前である、と無意識に、期待していることがたくさんあるわけですが、それをやめました。



ドライバーが誠実に対応してくれるのを期待するのをやめる。


最初の値段の通りに支払うことになるのを期待するのをやめる。


話が途中でころころ変わることなんてない、と期待するのをやめる。


約束は守られる、と期待するのをやめる。


オーダーしたあとに15分で食事がくるのを期待するのをやめる。


部屋を掃除しておいてね、と5回確認したのだから、掃除されていて当然、という期待をやめる


時間どおりに、到着する、なんて期待をやめる。


清掃後、部屋に新しいバスタオルがあることを期待するのをやめる。


などなど。



僕のまわりをみるかぎり、


イギリス

オーストラリア

アメリカ

シンガポール


などの、マルチカルチャー、つまり、多人種と他宗教が入り混じった国で、それを互いに尊重しましょう、という雰囲気のある国では、



文化の違いを受け入れやすく、相手に期待をしない、ということが、つまり、相手に自分の価値観を期待しない、ということが、上手似できているように思うんです。




日本は、日本人がすんでいる、しかも1億人も住んでいる、単一民族の国。どうしても、日本にいると、価値観が、凝り固まってきます。




当たり前、が、とても当たり前、で、期待して当然、とすりこまれていきます。



上記の国の人は、フラストレーションさえかかえているものの、仕方ないよね、という割切りがとても上手なんですよね。




(旅の途中であったイギリス人の姉妹やオーストラリア人の夫婦とかと話しててもそう思うし、シンガーポールの友人にメールで愚痴ったら、やさしくたしなめられました。笑)




友人いわく、

オーストラリアでは、1960年の時点で、学校のランチタイムに、


オーストラリア人は、ベジマイトサンドイッチ、

イタリア人はパニーニ

中国人はヌードル


というように、クラスの人種も各自が食べるものも、すでに違っていたそうです。



オーストラリアのニュースをみていると、必ず世界各国のニュースが流れますし、天気予報は、アジア圏は全て表示されるんですよ。



日本は、すべて、日本人の中で、日本だけで完結していますよね。僕はその中にどっぷりつかっているわけです。



******


Do not have any expectation.


期待しない。 expect をやめる。



相手が当然こうしてくれるだろう、という期待は、こちらの文化と価値観でしかなく、その期待通りにいかなかったからといって、相手を責めるのは本当はおかどちがいなんですよね。



もちろん、全てを受け入れる必要はありませんが、仮にドライバーにふっかけられても、

多くぼられても、


あーはいはい、


と、流せる。



レストランで注文しても1時間かかるんだから、お腹がすく前にいく、


約束の時間に来ないから、30分前を指定する。など、



期待しないことで、かつ期待しないがゆえの対策をねることで、ストレスがぐんと減りました。




スリランカにいなくても、日本でも、人間関係の軋轢は、お互いの期待値のずれ、 expectation の違いで起きていると思うんです。



いい意味で、相手に期待しない。

最初から期待しなければ、頭にくることも、残念に思うこともない。



期待しないというのは、相手のあり方を尊重する、ということにもなるんですね。



スリランカで、期待しない、ということを学んでいる橋本です。












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posted by 橋本翔太 at 19:17 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月26日

When they go low, We go high



臨床心理専攻教育修士/音楽療法家 の橋本翔太です。


今年もあとわずかになりましたね、ブログを年内に発行できるかわからないので、とりあえずのご挨拶をさせていただきます。今年も本当にありがとうございました。


今、スリランカに来ています。
久しぶりの、ザ、東南、南アジア、という感じで、良い面も悪い面も刺激を受けてかなり揺さぶられています。


ネット環境が不安定なのて、落ち着いたらブログに更新していきます。

、、、、

When they go, We go high.

今回も前回に続き、英語ネタなんですが、アメリカ人で、ブロードウエイなどでオーケストラの指揮をとっている、主にディズニー系のミュージカルのレコーディングを手掛けている友人がいます。


今年の10月から来日していて、劇団四季の新しいミュージカルの指導とレコーディングに携わっていました。(今回は美女と野獣や、リトルマーメイドの音楽を作曲した方、アランさんも来日、紹介してもらえて、すごかった、、、)


友人が滞在中に一緒に何度もご飯を食べ、かつ鎌倉にいったり、果ては、沖縄にまで連れていったりと、以前お世話になった分の恩返しをしたわけですが、


彼もスピリチュアリズム、ニューエイジに傾倒していて、僕のようにヒーリングミュージックを作曲演奏していたりします。


当然、学びも深く、今回も、ものすごく、刺激をうけました。


その中で彼が教えてくれた印象深い一言を。


”When they go low, we go high.”

これは、オバマ夫人が先日の大統領選挙に絡んだスピーチで話した言葉だそうです。


政治的なことは置いておいて、この言葉が意味するところは、


彼らが、下に行くなら、私たちは上にいこう。

つまり、彼らが、悪態、意地悪、嫌なこと、許せないこと、腹がたつこと、ムカつくこと、そんなことをしてくるときこそ、


わたしたしは、彼らと同じ場所で罵り合うのではなく、愚痴をのべるのでもなくらより高みを目指し、より、落ち着いて、穏やかで、自信を失わず、自分の良い面にフォーカスか、より良い自分であろうとしましょう、ということなんです。

どんな人の中にも、
Worse Version(よりだめな自分バージョン)
Better Version(より良い自分バージョン)

があります。
相手の行動に対して、憤り、腹がたつ、ゆるせない、びくびくしてしまう、そんな、ネガティヴを感じるときこそ、

Go high. より高みをめざそう、という意味なんです。もちろん、そんな簡単なことではあません。でも、唱えると不思議と気持ちが落ち着いてくるんです。


生きていると、人間関係で色々ありますし、時に信じられないような裏切りとか罵りとか、無視されるとか、意地悪とか、あるいは、些細であれ、ムカつく、イラつく、悲しくさせられる、そんなことありますよね、そんなときこそ、


When he goes low. I go high.
When she goes low, I go high.

と、唱えると、不思議と気持ちが落ち着いてくることがわかりました。これは大きな収穫でした。



ある種のアファメーションなんですが、英語のシンプルな表現の中に多くの意味が含まれていて、唱えるとしっくりくるというか、気持ちが落ち着くんです。


それこそ、今、スリランカでは、日本ではあり得ないような、詐欺に近いようなこともあったのですが、

When he goes low, I go high.


と唱えて気持ちを落ち着かせました。


When they go low, I go high.

試しに唱えてみてください。

、、、、、、


改めて本年、ありがとうございました。

この数年間は、主に身体のアプローチから、いかに心、メンタルや人生を好転させるかをテーマに活動してきました。


来年は、そこに加えて、この数年間、ずっと、再構築したきた、スピリチュアルや波動の話、を、改めてお伝えしていきます。

ようやく、再度、みなさんにお伝えできる準備がととのってきました。

レイキのことも、改めてお伝えしていきます。

、、、、、、


本年のご注文は明日27日まで、
お振込は27日15時で締め切り、となります。

おかげさまで、発売後、腸内フローラ、大変好評いただいております。年内のご注文がありましたら、お急ぎください。


心とメルタルのための、腸内フローラ






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posted by 橋本翔太 at 20:02 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月02日

死、が、背中を押してくれる



大人になったんた、もう子供じゃないんだ、と強く実感した瞬間、みなさんはありますか?

僕は、中学時代の親友が車の免許をいち早く取得し、その助手席に乗せてもらったときに、鮮烈にそれを体感しました。

自転車にのって、ヘルメットかぶって、ジャージ登校してた同士が、今、車を横で運転している。その事実に愕然とするというか、大人になってきたんだ、もう子供ではないんだ、とあの日強く感じました。


その次が、友人たちに子どもができたとき。バカやって笑いあってた彼らが、いつの間にか「親」になってる。

当然訪れることなのだけど、
やっぱり、衝撃でした。


そして今年、中学時代の同級生、大学時代の一つ下の後輩、二つ下の友人、の、三人が、ガンで亡くなりました。

三人とも近い友達ではなかったのですが、自分は、何が起きても不思議ではない年齢になってきてるんだと思いました。

いつだって、自分の時のながれの変化にはきづけないけど、周囲を見渡してはじめて現在地を知るというか、はっとするというか。


僕にとって「死」は、いつも背中をおしてくれます。終わりがあるから、終わる前にやらないとって、背中をおしてくれます。いつまでも夏休みが続くなら宿題には手がつきませんが、31日で終わるから、宿題に取り組むわけです。


宿題だけじゃなく、やりたいけど躊躇してること、迷ってること、踏み出したけど踏み出せないこと、そのウジウジした気持ちの背中を、そっと、でも確実に押してくれるのが「死」を思い出すこと。


亡くなった三人のご冥福をお祈りしつつ、じゃあ僕はここからどうしていこうか。何がおきても不思議ではないのだから。

ミュージカルのレントの歌にもありますが、
No day But Today.

日常に埋もれて、
わすれがちだけど。








、、、、、、



東京湾を眺めながら。
英語ではTokyo Bay なんですよね、

だからなんだってかんじですけど、アメリカ人の友人がTokyo Bay って言ってて、あー東京ベイっていわれると、なんか、急にレベルが上がった気がしたのは、日本人の、いや、僕の英語コンプレックスかなぁ
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2016年11月18日

死にたい?ふざけるな、とは言うけれど

「死にたい?ふざけるな!生きたくても明日は生きられない人がいるんだぞ!」とはよく聞くけど、、



たとえ体の病気や事故であれ「明日も生きていたい」と思える健康な心と脳の持ち主と比較して、脳やホルモンの不具合で心が壊れて死にたい気持ちに苦しんでる人に言うのは、ひどい仕打ちなんだよ。



心の問題で苦しむ人が、この、わかってもらえない苦しさも同時に抱えている。



生まれてきたのに、死にたいとか思ってしまう自分はだめだって、そんなの本人が一番わかってるんだから。


そしてそれは自分がダメなんじゃなくて、脳とかホルモンとかの問題がかなりあるんだよ。悪はあなたじゃない



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2016年11月10日

「弱さ」を克服するのではなく、役立てる、活用する

新宿御苑でゲラのチェック。充実して幸せな時間。(来月号OLマニュアル掲載)

.....

自分はすごく弱い人間です。この歳になっても、脆くて、落ち込みやすくて、ネガティヴで、悲観的で、めんどくさい人間で。誰かにすれば、くだらなく思えることに必要以上に苦しんだりしてきました。

.....

でもだからこそ、苦しい人の気持ち、視点、そして解決策が見える、痛みに寄り添える、今より良くなるための提案ができる。

.....

そこだけは、、、自信がある。

.....

この「弱さ」は克服できるものではないけど、誰かのために活用できるなら、痛みというフィルターを通して、音楽や文章に変えていけるなら、この「弱さ」は役立てられる。だからただ、そうしていきたい、そうしていかなくちゃ。


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2016年11月05日

心の痛みは、誰にも『わかってもらえない』ということが、『わかった』

心がつらいとき、

ましてそれが、ちょっとした落ち込みの程度ではなく、


低血糖症や、
うつ病、
パニック症候群、
その他の精神症状を、伴っている場合、

つまり、脳内の神経伝達物資の乱れによって、心の状態がつらく、くるしく、おかしくなっている場合、


精神論や、カウンセリングで、それを解決するのは、どうしても限界があります。
それを身をもって体感したので、

僕は栄養療法、サプリメントの指導をはじめたわけです。
脳が機能してくれないと、いくら心のアプローチをしても、効果はでません。


心理的なアプローチが効果を発揮するのは、ある程度、脳の状態が回復してからです。

実際、うつ病などの臨床現場でも、認知行動療法を行うのは、軽度のうつか、回復期にあたる
人が対象になります。


****

本当につらいときほど、だれかにわかってほしくて、相談したり、話したり、
自分の苦しみをわかってほしいと思うものです。


でも、


悲しいかな、


この苦しみは、想像を絶する苦しみは、ある意味、生き地獄、という状態は、わかってもらえません。
人は、体験したことしか、結局理解できないのです。

まして、心の苦しみは、骨折でギブスをはめているような、外からみえるものではありません。
見た目は普通なので、その不自由さを想像しづらく、何でそんなに苦しいのか、理解してもらえないんです。


相談しても、叱咤激励されてしまう、そんなことくらいで、落ち込んでどうするの、と言われてしまう、
わたしもがんばっているのよ、みんな辛いけど頑張って生きているのよ、と諭されてしまう。


ちがう、そうじゃない、本当に、この苦しみは、もう、どうにもできないんだ、
自分を自分でコントロールできないんだよ。。。

そんな声は、相手には届きません。だって、経験してないし、わからないんです。


家族や、パートナー、身近な人ほど、理解してほしい、わかってほしい、この苦しみを、わかってほしい。


でも、身近な人ほど、やっぱりわかってもらえないんです。わからないんです。
これは仕方ない。
本当に、残酷な現実ですが、仕方ない。


僕がどんなに切実に、出産の痛みを説明されても、陣痛の想像がつかないのと、ある意味一緒です。


ある程度、似たような状況を体験した人のみ、その苦しみを理解できると思います。
けれども、全く同じ苦しみを経験しているわけではないので、やはり近いところで、わかるだけで、

本当の意味でわかってもらうことはできない。



悲しいけど、

わかってもらえない。 ということを、 僕は わかりました。


だから、僕は、体験者として、少しでも、相手の痛みを『わかる』存在として活動していきたいですし、
解決のために、効果のあるものをどんどん紹介していくつもりです。

だって、今苦しいのは、あなたのせいじゃないんだから、あなたが悪いわけではないのだから。
脳が、ちょっとバランスを崩しているだけなのだから。


それでも、心の隅においておかなければならないのは、


心の痛みは、本当の意味で、誰にも『わかってもらえない』ということを、『わかって』おくこと。



それをわかっているだけで、傷つくことは少なくなります。

そして、わかってもらえなくても、必ず回復できます。
大丈夫だから。良くなる日がくる。楽になれる日がくる。

それを忘れないで。





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2016年11月03日

頑張れ! とは言わないで。その代わりに言って欲しいのは

心が辛い人に「頑張って!」も「頑張らないで!」も、負担になってしまいます。わかてっててもできない、ダメな自分を再認識して苦しめてしまうから



じゃあなんて言えばいい?「頑張ってきたんだね」「頑張ってるんだね」って言ってあげてください。



その人は、たしかに頑張ってきたし、

今も頑張ってるのが本当だから



アドバイスはいらないから、

それをわかってあげてください。



そして、今苦しい人は、まずは自分に



ここまで、よく頑張ってきたよね




って、



声をかけてあげてください。


あなたはそう思えないかもしれない。


何も成し遂げられなかった、

何もできてない、

役立たず、

生きてる意味なんてない、

存在価値なんてない、



でもでも、


そんな思いを抱えながら、

ここまで、頑張ってきたのは本当。


だから。



よく頑張ってきたよね。

今も頑張ってるね。



って、つぶやいて、自分に声をかけてあげてください。



まずはそこから、それだけで、また一歩進むから。

posted by 橋本翔太 at 14:51 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月29日

つらい、苦しい、死にたい、動かないことも大切

長期でチェンマイにいました。
後でリポートしたいと思います。


さて、そんなチェンマイではスコールがありますが、今年の日本の夏でも、ゲリラ豪雨に泣かされた人は多いのでは?


まさにスコール同様、突然の大雨、が襲ってきますよね。


待ち合わせがあるのに、はやく帰らなきゃなのに、と、気持ちは焦るのに、足もすくむザーザー降り。


やむを得ないのか、カバンを頭に乗せて走っていく人を見たこともあります。


僕は自転車が好きなので、基本自転車移動なのですが、どしゃ降りに遭遇すると、もうあきらめて、軒先でしばらく待機か、どこかの室内に入ってしまうこともありました。


チェンマイでも、滝のようなスコールが午後に降るのですが、とにかくうまいことやりすごせば、濡れずにすみます。



つらいとき
くるしいとき
先が見えなくて不安
どうしたらいいかわからない



そんなときほど、焦ってもがいて、なんとかしようと頑張ってしまいがち。そんな人だからこそ、苦しみ、悩みやすいとも言えるわけです。



でも、それは、ゲリラ豪雨の中を、スコールの中を、無理して突っ込んで行くことになるかもしれません。


いまはじっと、軒先で、雨に濡れないところで、静かに身を潜めているタイミングなのかもしれませんよ。焦ってしまうだろうけど、焦らないことが、今は一番必要なことなのではないでしょうか。焦りは視野を狭めて、余計に自分を追い込みます。



確かにスコールの中を駆け抜けていくこともできますが、服やバッグも全部濡れて、皮の財布にまでしみこんだり、スマホに水が浸みて壊れたり、余計な被害に苦しむことになるかもです。


なにより、そんな雨の中を突き進むなんて、誰だって辛い。



少し長めの豪雨かもしれません。
でもやがて小降りになってきます。


チェンマイの人たちはスコールのときに、無理して何かをしようとしません。


それと同じで、
いま、辛い、くるしい、どうしたらいいかわからなくて悲しい、もう、死ぬしかない。


そんなときこそ、焦る気持ちはわかりますが、ゆったり構えて、静かに軒先に佇んでみましょうよ。



チェンマイでは、スコール明けに、二重の虹を見ることができました。しかも二回も。こんなに見事な二重の虹は、部活帰りのときに見た以来だったな。

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posted by 橋本翔太 at 13:09 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月10日

一人で悩んでも答えはでないもの

一人でぐるぐる悩むというのは、例えるなら、自分の部屋にはない「モノ」を自分の部屋で探すことのようなもの。

外部の情報、本や人や専門家に相談するなど、自分以外の何かと触れないと、なかなか、答えは見えてこないし、先にすすめないものです。

結果的に答えは自分の中(例えにでてきた自分という部屋)にあったりしますが、その箱を開ける鍵は外部にあるもんです。


一人で悩んでると、その箱にまったくきづかなかったり、その箱の開け方が想像もできなかったりするものです。


だから、一人でぐるぐる悩むのは、ほどほどに。相談できる相手がいない、話したくなるような適切な相手がいないときは、本を読みましょう。



橋本翔太の本、


メルマガなんかも、活用してくださいね





posted by 橋本翔太 at 22:36 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月15日

まとまった時間がとれなくても、意味がなさそうでも、ゼロ100の向こう側

前回の記事の、ゼロか100か思考の続きです。
http://www.shotablog.com/article/440048850.html

僕たちは、生きてくるうちに、いろんなことを経験してきました。
その経験のおかげで、だいたい、アタリ をつけることができるようになりました。

つまり、この仕事を終わらせるには1時間必要だな、
トイレ掃除には30分必要だな、

なんてものから、


ヨガはやってみたけれど、続かなかったし、入会金無駄にしたな
この前いったレストランは、なんだか味が大味だったなぁ

などのように、やってみて、その結果、どうだった、というデータが蓄積されていき、
そのデータをもとに次の判断をするようになります。


これが、じつはクセモノなんです、とくに ゼロか100思考をする人は!
いわゆる、完璧主義、もしくは、自分の思った通りの結果が出せないと不満主義、といいかえましょうか。


人は、年をとって、経験を重ねたうえで、この思考クセをもっていると、やってみるまえから、アタリをつけて、結局やらない理由にしてしまう傾向にあります。


100点がとれないなら、テストは受けない。
60点の可能性があるなら、最初から勉強しない。
5分しかないなら、トイレ掃除してもムダ
美味しくない可能性があるから、このカフェ気になるけどやめよう
瞑想教室が気になるけど、ヨガが続かなかったから、また無駄になる


などのように、完璧に、100点をとれないくらいなら、やらない、という、やらない正当化が成立してしまいます。


最初から100点とれるテストなんてそうそうないですし、
5分だけなら便座をふくだけでも立派なトイレ掃除ですし、
いつものレストランばかりじゃ人生に変化は訪れないし、
ヨガはだめだったかもしれないけど、瞑想は続くかもしれないし。


なにより、思い出してほしいのは、

前回のテストでは70点もとれていたし、
30分しっかり完璧に掃除しなくても、トイレはキレイになるし、
自分のスキなお店をみつけるには、ハズレもあるし、
ヨガの教室だって、最初の5回目くらいまでは楽しんでやれてたし、

ということを、忘れているんです。

完璧には、できなかったけど、そこそこ、できてたし、意味があった、ことって
たくさん
たくさん

あるんですよ。


それを、90点以下は無意味だった、と切り捨てて、経験というデーターボックスに入れて、
次の行動を選ぶ際に、やる前から、やめる理由として活用しはじめてしまう、

これが、ゼロ100思考の怖いところなんです。


100点をとれない自分を許せない、とか、完璧にやらないと許せないとか、
そこよりも、

そうやって完璧にやれないくらいなら、自分の理想の結果がでないくらいなら、
やるのをやめよう、

というのが、怖いんです。


それによって、チャンスを逃してしまう可能性があるから。


こんなことやってなんになる、
意味ない、
ムダはさけたい、
楽しめるかわからないなぁ、
何かの意味があるかな
10分しかないしな


そんなときこそ、自分のゼロ100思考クセ、が発動していないか、考えてみてください。

僕は頭デッカチなので、大いにこの傾向があります。自分の癖として、意識しておかないと、結局何にもしないまま、なんの変化もないまま、何もできないまま、なんてことになりかねません。


30分時間がとれないとウォーキングに行く意味がない、と、ウォーキングに行くのをやめるのではなく、
10分でもいいから、(30点でいいから)ウォーキングしにいくか〜


という、ゆるいかんじ。 このほうが、結果的に、充実した人生がひらけてくるんですよね。

少しでも充実させようと、完璧をめざそうとしているほうが、かえってチャンスを逃したり、
機会をのがしたり、何もしなかったり、やる気がでなかったり、という矛盾。


結構、あるある、ですよ、これ。




















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2016年07月14日

ゼロか100か 白か黒か思考 をやめてみる。認知行動療法より

認知行動療法において、認知のゆがみ、としてとりあげられるのが、

ゼロか百か思考、です。
つまり、
オール オア ナッシング、 100%できないといけない、それじゃなきゃやだ、という考え方なんです。
70点では、だめ、テストは100点をとってこそ意味がある、少なくとも92点まではとらないと。

そんな考えクセです。僕はこれがすごくあるんですよね。なので耳が痛いのですが。。。

テストの点数を自分で厳しく設定するまでなら問題ないのですが、これが、


100点をとれないなら、勉強してもムダだから、やらない。


と、なってくるのが、この思考クセの問題なんです。

つまり、100点じゃなく、60点とか50点になるくらいなら、最初からやってもむだだ、という
気持ち、逃げ、やらない理由にしてしまうんです。

人生を変えていくには、小さくて、地味なステップから試していくしかありません。
しかし、このゼロ100思考クセの強い人は、


どうせそんなことやっても、意味なんてない(結果がでないと意味が無い)
趣味にしたって意味が無い(収入や、自分の仕事に関係しないならやっても意味が無い)
そんなマンガ読んでなんになるの?(それよりこのウツの気分をよくする本を読まないと)
新しいカフェにいくのはおっくう(そこでイマイチだったら損した気分になる)
15分しかないなら掃除しても意味が無い(掃除するのに1時間は必要なんだから)

と、いうように、結果が、しっかりでない、望む結果にならない、
自分の中での100%に近づけないなら、やらない、という、行動をさける理由にしてしまうんです。


これが問題なんですね。
実際は、15分でも掃除できればキレイになるし、今の自分では想像もしなかったヒントがマンガに書いてあったり、趣味の世界によって心がとても元気になるかもしれないのに。


完璧主義は、完璧を求めるあまり、完璧になりそうにないことや、今の自分の価値観の中で
完璧とかんじられないものは、排除してしまう。


その結果、人生の可能性が縮小していって、新しい世界まで閉じてしまうことになります。


人生が開けていく人は、

どうせこんなことやったって
50点しかとれないくらいなら


なんていわずに、やってみる人、なんですよね。


このあたりは大切な内容なので、またとりあげます。





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posted by 橋本翔太 at 23:38 | ★ 【エッセイ】飛躍へのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月04日

わたし以外、みんな幸せそうに見えて苦しい

僕が心理メソッドや栄養療法など始める前、体調が悪かったとき、

道行く人すれ違う誰かはもちろん、レストランで楽しそうに笑う家族、グループ、みんなが、自分よりもずっとずっと幸せそうに見えて、苦しくて悲しくて仕方なかったことがあります。でもみんな何かしら本当は抱えてるんだよね。見せてない、見せる場所じゃないだけで、


そもそも、本当に辛い人、体や心が苦しい人は、街中ではみかけることができないんですから。


苦しいときは、視野が狭くなって、

誰も彼も、犬や猫まで、苦悩がなさそうでうらやましくなり、自分の苦しさに圧倒されそうになるものです。

しかし、何かしらやはり、みんな抱えてるし、本当に大変な人は、あなたの視界に入るところにはいない、治療にはげんでいます。

狭い視野で自分を追い込まないで。
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